コーチ・セブンピース 代表
谷口貴彦(Taniguchi Takahiko)
1959年 東京都府中市生まれ

■旅行業界・外食産業・住宅産業にて、多種多様な現場を経験。
■サービス・演出・サポート・セールスを通じて25年以上常に人と関わる。
■店舗運営・企画・人材育成(社内インストラクター)・マネージメント・リーダーシップを実学として学ぶ
■エグゼクティブ・マネージャー・セールスマン・ミュージシャンから子育て・教育等、にコーチングを展開
■企業研修・地方自治体、コーチ養成機関等で延べ10,000人以上にコミュニケーション技術を指導(2006年9月現在)
キャリア
■パーソナル・コーチング約1,500時間、延べ100名以上(2006年9月現在)
■著書「実践 親子会話術 子育てコーチング」 (株)エイ出版社
■NHK「いっと 6けん」、TBS「はなまるマーケット」にコーチとして出演
■朝日新聞(2004年2月6日)に「コーチ技術 子育てに応用」で掲載
■NPO法人 日本コーチ協会 正会員
■(財)生涯学習開発財団 認定マスターコーチ
■国際コーチ連盟プロフェッショナル認定コーチ
■(株)コーチ・トゥエンティーワン シニアクラス・コーチ
■共育コーチング研究会 会員
■宅地建物取引主任者
■福祉住環境コーディネーター
■調理師
・豊かな人間関係が築かれるよう、コミュニケーションを通じて、社会のために貢献する。
・人がもともと持っている本来の可能性や能力が十分に発揮できる社会づくりに役立つ。
・人は皆、役割を持って生まれたと信じる。
真実の足跡
1959年 東京の緑と水の街、府中市で産声を上げる。
1966年 ピカピカの1年生、近所の養鶏所にある外の便所に落ちるも奇跡の生還、一命をとりとめる。
1968年 同級生の女の子をいじめて、初めて先生にビンタをもらう。
それからは、女性の魅力に少しずつ惹かれ、多感な思春期が訪れる。
1978年 初恋。
1977年 恋は盲目、二人の愛を誓う。
1978年 桜色の夢をいだいて、学校の先生を諦め、ケーキ職人(今ではカリスマパティシュエ)の道を選ぶ。思えば、人生第一の大きな選択
1979年 この世の終わり、大失恋に身も心もぼろぼろ、軽井沢でひとりよみがえりの時を待つ。
1981年 新たな道、旅行業界に進み、旅の演出に若き血を燃やす。ここで見知らぬ世界を知る楽しさと、感動を覚える。
1985年 又、岐路に立ち、外食産業(すかいらーく)に身を置き、たくさんのアルバイトに尻をたたかれる。この時、延べ150名以上のスタッフ教育を経験、人を育てる事、トレーニングの重要性を知る。思えば、18年前のこの時から、私のコーチング人生は、静かに始まりだした。
1986年 今の奥さんと結婚、時を追うごとにラブラブ度上昇。
1988年 待望の第一子(奈々子)誕生。しかし忍び寄る悪夢が近づいてくる。
1990年 奥さん、瀕死の重病に。先生に「ご家族を呼んでください」と言われ、思わず「うっそー」と絶句。これを機に、自分の一番大切なものを知り、第三の岐路に立ち大手住宅メーカー(東京ミサワホーム)に仕事を移す。しかし…
1992年 2年間は売れない営業マンだった。がしかし、ある重要なことに気づき、セールスコンテストに常連で入賞、でも最高で10位、トップセールスマンじゃないところがミソである。
1996年 社内で、最初の教育インストラクターに認定。本人も知らず知らずの内に、コーチとしての実績を積む。約170名のセールスマン・マネージャーのトレーニングを現場で一緒に汗をかきながら 経験。
2003年 大きな船から、自分ひとりの船を漕ぎ出すように、プロ・コーチとして独立。覚悟を決める。人の縁だけは大切にしてきた。その小さな種が実をつけた。『実践 親子会話術』子育てコーチングの本を執筆・監修。なんと、アマゾン・ドット・コムにて最高ランキング2位になる「本人もびっくり」。一度あることは、二度、三度とあるのも、次にNHKにプロ・コーチとして生出演。
2004年 私の子育てコーチングセミナーがあの朝日新聞に取材、記事掲載された。初のお寺でコーチングも体験、商店街組合のセミナーだった。地域と子育てのヒントを見つける。TBS「はなまるマーケット」に主婦のコミュニケーション術のコーチとして出演。薬丸さん、岡江さん、早見さんにコーチングする。
現在 コーチを天職として、クライアントの目標実現のサポート。企業・団体・地域でコミュニケーションの研修・ワークショップ・講演活動で奮闘中。
■私の知る限り、ケーキ職人からプロ・コーチになったのは、私ぐらい。ONLY ONEでしょう。
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